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数学教育の新しい潮流
「安全と安心の希求」 |
(財)日本数学検定協会
理事長 高田 大進吉
平成15年10月25日 |
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日本人にとって国際対応も情報対応も日常生活の会話の中で語られる時代になった。数学教育のありようも変化が求められている。数学を好きとするものも嫌いとするものも、だれもが国際社会・情報社会を生きていかなければならない。これから求められる数学教育の潮流は世界の根本問題の解決に役立ち、世界の人たちに普遍的に受け入れられる安全と安心の希求にある。
これまで数学教育の世界では、「論理的」とか「思考力」などの観点から多く数学教育のあるべき姿が語られてきた。しかし、このような古典的観点からの数学教育では、21世紀の国際社会・情報社会で生きていく人たちにとっては不足である。
21世紀の国際社会・情報社会を生きていく日本人や世界の人たちにとって、数学教育の目的はもっと普遍的で根本的でなければならない。
私は、数学教育の意義を「安全と安心の希求」においた。世界に暮らす人々と社会が普遍的に希求する「安全と安心」を数学教育が齎すとするならば、数学教育が果たす役割が大きく変わり、数学を学ぶ人たちもこれまでとは違う期待を抱くことになる。
数学教育の意義はわれわれが設計するものである。時代の要請や目的に応じて数学教育の内容や数学教育の有り様も新しく設計すればいい。
数学教育の意義を「安全と安心の希求」におくことで、数学教育の新しいかたちが観えてくる。例えば、1から10まで数えられる人と1から100まで確実に数えられる人では、生涯、安全に暮らしていけるのはどちらかといえば、後者のほうであろう。また、周りの人と情報交換を容易にできる人は生涯を通し安心して生活できるに違いない。
人の教育になぜ数学を活用するのか問うてみると、やはり、数学の科学的側面ばかりでなく文化的側面からの数学教育が必要であることが分かる。なぜなら、学習者のほぼ半数がいま教えられている数学が嫌いなのであるから。
もっと、普遍的にだれもがいつでも学ぶ数学教育のあり方がいま求められている。数学の科学的側面と文化的側面をほどよく纏め上げ、人々の生涯を通した安全と安心を齎す数学教育が施されるならば、数学の指導者側も学習者側も分かり易く、生涯学習の理念に近いかたちで数学教育がより一層進展するに違いない。「数検」は数学力を「情報交換する力」と捉え、生涯を通して頭脳を明晰に保つことが人々の安全と安心に繋がると考えて、生涯学習の立場から数学の学習活動を支援している。
「安全と安心」を求めるということは、裏を返せば現代がいかに不安な社会であるかが想像できる。わが国の高齢者に安心はあるのか。現代人に安心する場や時間はあるのか。
世界がテロの恐怖に曝され、社会の変化が著しい時代にあって、自分の居場所の定まらない生徒や学生たちがなんらかの安心感を得られるならばそのことこそが教育のねらいである。社会の安全は社会全体が努力しなければ得られない。個人の安心は個人が納得しなければ得られない。
数学教育をこの新たな要求に応えられるように、あらゆる方向から設計変更すべきである。数学教育の新しい設計をすべき時である。
教育基本法に生涯学習が盛り込まれる。生涯学習の視点から数学教育を眺めてみると、今の学校教育で学んでいる数学の内容は「安全と安心の希求」という観点を大きく欠いている。
しかし、今世紀の中心的課題は社会や人々の「安全と安心の希求」にある。世界の人口増加、食糧問題そして環境や水の問題など、われわれ人類にはこれまでにない大きな根本問題が突きつけられている。
数学が現代文明の知的基盤とするならば、次代を担う人たちにいち早くこれらの根本問題に対処できる力の養成と勇気を与える数学教育を実践しなければならない。
「数検」協会は数学の生涯学習の視点として、「安全と安心の希求」を課題の中心に据えてだれもが、いつでも、どこででも学習できる学習環境を整えていく考えである。
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